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    アンソニー・ロビンズの充足の芸術(フルフィルメントのアート)と子育てと長崎佐世保事件

    2014/08/17

    長崎佐世保で同級生を殺害した高校1年の女生徒の父親はかなり厳しく子供をしつけてきたような印象がある。他人の子供にも厳しく叱りつけた、という話もある。それが子供が小学校6年生のときに漂白剤を給食に混ぜるという事件を起こす原因ではなかったか?つまり、この子供はあまり親の愛情を感じることがなかったのかも知れない。

    父親が弁護士、母親が東大卒で地元の名士の家、ということであれば、自ずと要求する水準は高くなるのが当然ではある。親としては、自分よりもさらに上に行って欲しいと願うのは自然なところだろう。

    そして、子供により高い水準を求めるのが子供のため、と思う親心もわからなくはない。這えば立て、立てば歩けの親心、というように子供が少しでも成長して欲しいと思うのは、親としては当然のことだろう。

    とはいえ、それが行き過ぎたら、息がつまりそうになるのではなかろうか?

    私がこれまで会って来た人や、読んだ本から言えば、本当にトップを極めた親の子供は悲惨な人生になることもあるように感じている。

    例えば、ノーベル賞を取った文豪、アーネスト・ヘミングウエイの息子は、64歳の時、刑務所で性転換手術を受け、その後65歳で亡くなっている。これなども、偉大な父親を持ちすぎた悲劇ではなかろうか?おそらく、親が非常に厳しく、女の子であればもっとかわいがられるはず、愛されるはず、という気持ちがどこかにあり、それで性転換した可能性もある。

    長崎の女子高生にしても、朝から晩まで勉強とスポーツ、芸術のスケジュールを入れられ、常に最高を求められていたのではなかろうか?そして、優勝してもそれが当たり前。勉強で学年トップは当たり前。それ以下はクズ、というような育てられ方をしたのかも知れない。

    それによりストレスをため込んだ可能性がある。

    子供は元気に生きているだけで十分素晴らしい。しかし、長崎佐世保事件の当事者の親は、そういう意識が希薄だったのではなかったか?

    生きてるだけで素晴らしい、健康で五体満足でいてくれるだけでありがとう、生まれて来てくれてありがとう、と、どこかでしっかり褒める子育てが必要な気がする。

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